金沢地方気象台(気象庁)

石川県に影響を及ぼした過去地震

1.石川県に被害をもたらした地震

過去に石川県とその周辺で発生した主な被害地震(緑色の丸)を第1図に示します。 石川県に被害を及ぼす地震は、主に「陸域の浅い地震」とよばれる地震で、地上からの深さがおよそ20kmより浅い場所で発生するため、比較的規模の小さな地震であっても震源の付近では大きな被害となることがあります。

また、被害地震の発生場所を見ると、特定の地域で発生するなどの偏りはみられません。 能登地方でも加賀地方でも発生しており、それぞれの沖合いでも発生しています。 これは、地震がどこで発生してもおかしくないことを意味しています。

石川県に被害をもたらした地震分布図 【四角の枠内にマウスをあわせると、その地震被害の概要が表示されます】
no17

No.17

日時1961年8月19日
地域(名称)石川県加賀地方
(北美濃地震)
規模(M)7.0
概要 石川県で死者4、負傷7、道路損壊5、山くずれ5、家屋半壊1。 【石川県災異誌】
no02

No.2

日時1725年6月17日
地域(名称)加賀小松
規模(M)≒6.0
概要 城の石垣・蔵等、少々破損。 1日に地震69回、金沢で同日4~5回の地震あり。 【新編 日本被害地震総覧[増補改訂版]】
no15

No.15

日時1948年6月28日
地域(名称)福井県嶺北地方
(福井地震)
規模(M)7.1
概要 石川県で、死者41人、負傷者453人、家屋全壊802棟。 【日本の地震活動 第2版】
no01

No.1

日時1640年11月23日
地域(名称)加賀大聖寺
規模(M)6 1/4~6 3/4
概要 家屋の損潰多く、人畜の死傷も多かった。 金沢では堀溝の水を道にゆり上げた。 【新編 日本被害地震総覧[増補改訂版]】
no12

No.12

日時1930年10月17日
地域(名称)石川県西方沖
規模(M)6.3
概要 6時32分にM5.3、6時36分にM6.3の地震。 大聖寺・吉崎・小松付近で煙突の破損、落壁、石灯籠・墓石の転倒あり。 付近で砂丘による崖崩れ・亀裂あり。 とくに佐美山の崖崩れは大きく長さ150mにわたった。 小松町などで噴水。 吉崎や橋立の漁夫は海震を感じた。 片山津で死1。 【新編 日本被害地震総覧[増補改訂版]】
no16

No.16

日時1952年3月7日
地域(名称)石川県西方沖
(大聖寺沖地震)
規模(M)6.5
概要 石川県で死7、傷8、建物半壊4、破損82、焼失9棟、床下浸水30、非住家被害7、田畑冠水60町歩(60ha)、橋梁破損7、堤防決壊2、山(崖)崩れ5、道路損2。 【新編 日本被害地震総覧[増補改訂版]】
no20

No.20

日時2000年6月7日
地域(名称)石川県西方沖
規模(M)6.2
概要 石川県で、負傷者2人、窓ガラス破損等。 【平成12年6月地震・火山月報(防災編)】
no10

No.10

日時1892年12月11日
地域(名称)能登
規模(M)6.3
概要 羽咋郡火打谷村では家屋・土蔵に破損。 また、堀松村末吉では全潰2、死1、傷5、家屋破損多しという。 【新編 日本被害地震総覧[増補改訂版]】
no09

No.9

日時1892年12月9日
地域(名称)能登
規模(M)6.4
概要 羽咋郡高浜町で地割れ、家屋・土蔵に破損。 【新編 日本被害地震総覧[増補改訂版]】
no21

No.21

日時2007年3月25日
地域(名称)能登半島沖
(平成19年(2007年)能登半島地震)
規模(M)6.9
概要 石川県で、死者1人、重傷88人、軽傷250人、住家全壊686棟、半壊1740棟、一部損壊26956棟など。 【平成19年能登半島地震災害記録誌(石川県)】
no07

No.7

日時1855年3月18日
地域(名称)飛騨白川・金沢
規模(M)6 3/4±1/4
概要 金沢城内で石垣・堀崩れ、土蔵少損。 【新編 日本被害地震総覧[増補改訂版]】
no05

No.5

日時1815年3月1日
地域(名称)加賀小松
規模(M)≒6.0
概要 加賀小松城で破損が多かった。 金沢では被害はなかった。 【地震の辞典 第2版)】
no04

No.4

日時1799年6月29日
地域(名称)加賀
(金沢地震)
規模(M)6.0±1/4
概要 金沢城下で家屋全壊26棟、能美・石川・河北郡で家屋全壊964棟、死者は全体で21人。 【日本の地震活動 第2版】
no13

No.13

日時1933年9月21日
地域(名称)石川県能登地方
規模(M)6.0
概要 七尾湾沿岸が最も強く、鹿島郡の被害は死3、傷55、家屋の倒潰2、傾斜12、破損131、土蔵の倒潰2、傾斜44、破損275、その他の建物の倒潰8、傾斜8、破損56。 道路及び鉄路の亀裂101ヶ所、崩壊13、煙突倒潰75であった。 【新編 日本被害地震総覧[増補改訂版]】
no03

No.3

日時1729年8月1日
地域(名称)能登・佐渡
規模(M)6.6~7.0
概要 珠洲郡・凰至郡で損・潰家791、蔵の潰16、死5、山崩れ31ヵ所計1733間。 輪島村では総戸数593のうち28軒潰れ86軒半潰。 能登半島先端で被害大。 佐渡・与板で強く感ず。 金沢で被害なきもよう。 【新編 日本被害地震総覧[増補改訂版]】
no11

No.11

日時1896年4月2日
地域(名称)能登半島
規模(M)5.7
概要 局所的な地震。 蛸島村で土蔵倒潰2。 家屋破壊15、土蔵壁落11。 禄剛崎の燈台破損。 その近くで土蔵壁に亀裂。 飯田町で道路に小亀裂。 【新編 日本被害地震総覧[増補改訂版]】
no19

No.19

日時1993年2月7日
地域(名称)能登半島沖
規模(M)6.6
概要 石川県で、重傷1名・軽傷28名、建物全壊1棟・半壊1棟・一部破損20棟、道路破損17箇所、山・崖崩れ1箇所、トンネル落盤1箇所。 【験震時報第58巻】

第1図 1600年代以降石川県とその周辺で発生したM5.5以上の地震の震央分布図
(緑色の丸は被害の発生した地震で、丸数字は第1表の地震番号に対応している。陸地の茶色線は地震調査研究推進本部による主要活断層帯を示す。 「発生地域(名称)」「発生年月日」「震源の深さ」「規模」は、1922年以前は新編 日本被害地震総覧[増補改訂版]、 1923年以降は気象庁震度データベースによる。なお、1997年9月以前の震源の深さは精度が低いため記載していない。)

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石川県に被害をもたらした主な過去地震一覧

石川県に被害をもたらした主な地震は、第1表の通りです。 表は左から、地震番号(発生順)、発生年月日、地震の発生場所または震源(地震の名称)、地震の規模、被害状況です。 1833年の羽前・羽後・越後・佐渡の地震(No.6)と1983年の秋田県沖の地震(No.18)は津波による被害地震、ほかは主に地震の揺れ自体による被害地震です。

石川県の近傍で地震が発生すると被害をもたらすことがありますが、1891年の愛知県・岐阜県の地震(濃尾地震)(No.8)や1944年の三重県南東沖の地震(東南海地震)(No.14)のように、遠く離れた場所でおきた地震でも規模の大きな地震の場合は被害が発生することがあります。 また、1833年の羽前・羽後・越後・佐渡の地震(No.6)や1983年の秋田県沖の地震(日本海中部地震)(No.18)のように、日本海で規模の大きな地震がおきると津波が来襲し被害をもたらすこともあります。

第1表 石川県に被害をもたらした主な過去地震
(No.6とNo.18は津波による被害、ほかは主に地震の揺れ自体による被害)
No 発生年月日 地域(名称) 規模(マグニチュード) 被害状況【出典】
 1 1640年11月23日 加賀大聖寺 6 1/4~6 3/4 家屋の損潰多く、人畜の死傷も多かった。 金沢では堀溝の水を道にゆり上げた。 【新編 日本被害地震総覧[増補改訂版]】
 2 1725年6月17日 加賀小松 ≒6.0 城の石垣・蔵等、少々破損。 1日に地震69回、金沢で同日4~5回の地震あり。 【新編 日本被害地震総覧[増補改訂版]】
 3 1729年8月1日 能登・佐渡 6.6~7.0 珠洲郡・凰至郡で損・潰家791、蔵の潰16、死5、山崩れ31ヵ所計1733間。 輪島村では総戸数593のうち28軒潰れ86軒半潰。 能登半島先端で被害大。佐渡・与板で強く感ず。 金沢で被害なきもよう。 【新編 日本被害地震総覧[増補改訂版]】
 4 1799年6月29日 加賀
(金沢地震)
6.0±1/4 金沢城下で家屋全壊26棟、 能美・石川・河北郡で家屋全壊964棟、死者は全体で21人。 【日本の地震活動 第2版】 この地震被害の詳細は後述
 5 1815年3月1日 加賀小松 ≒6.0 加賀小松城で破損が多かった。 金沢では被害はなかった。 【地震の辞典 第2版】
 6 1833年12月7日 羽前・羽後・越後・佐渡 7 1/2±1/4 凰至郡輪島に地震に続いて津波があり、 全壊271軒、半壊54軒、死者47名に及びお救米が出された。 【石川県災異誌】 津波の概要は後述
 7 1855年3月18日 飛騨白川・金沢 6 3/4±1/4 金沢城内で石垣・堀崩れ、土蔵少損。 【新編 日本被害地震総覧[増補改訂版]】
 8 1891年10月28日 愛知県・岐阜県
(濃尾地震)
8.0 加賀では全潰25、半潰80、大聖寺には被害があったが、金沢は無事であった。 【石川県災異誌】
 9 1892年12月9日 能登 6.4 羽咋郡高浜町で地割れ、家屋・土蔵に破損。 【新編 日本被害地震総覧[増補改訂版]】
10 1892年12月11日 能登 6.3 羽咋郡火打谷村では家屋・土蔵に破損。 また、堀松村末吉では全潰2、死1、傷5、家屋破損多しという。 【新編 日本被害地震総覧[増補改訂版]】
11 1896年4月2日 能登半島 5.7 局所的な地震。 蛸島村で土蔵倒潰2。 家屋破壊15、土蔵壁落11。 禄剛崎の燈台破損。 その近くで土蔵壁に亀裂。 飯田町で道路に小亀裂。 【新編 日本被害地震総覧[増補改訂版]】
12 1930年10月17日 石川県西方沖 6.3 6時32分にM5.3、6時36分にM6.3の地震。 大聖寺・吉崎・小松付近で煙突の破損、落壁、石灯籠・墓石の転倒あり。 付近で砂丘による崖崩れ・亀裂あり。 とくに佐美山の崖崩れは大きく長さ150mにわたった。 小松町などで噴水。 吉崎や橋立の漁夫は海震を感じた。 片山津で死1。 【新編 日本被害地震総覧[増補改訂版]】
13 1933年9月21日 石川県能登地方 6.0 七尾湾沿岸が最も強く、鹿島郡の被害は死3、傷55、家屋の倒潰2、傾斜12、破損131、土蔵の倒潰2、傾斜44、破損275、その他の建物の倒潰8、傾斜8、破損56。 道路及び鉄路の亀裂101ヶ所、崩壊13、煙突倒潰75であった。 【新編 日本被害地震総覧[増補改訂版]】
14 1944年12月7日 三重県南東沖
(東南海地震)
7.9 石川県で、住家全壊3棟。 【日本の地震活動 第2版】
15 1948年6月28日 福井県嶺北地方
(福井地震)
7.1 石川県で、死者41人、負傷者453人、家屋全壊802棟。 【日本の地震活動 第2版】
16 1952年3月7日 石川県西方沖
(大聖寺沖地震)
6.5 石川県で死7、傷8、建物半壊4、破損82、焼失9棟、床下浸水30、非住家被害7、田畑冠水60町歩(60ha)、橋梁破損7、堤防決壊2、山(崖)崩れ5、道路損2。 【新編 日本被害地震総覧[増補改訂版]】
17 1961年8月19日 石川県加賀地方
(北美濃地震)
7.0 石川県で死者4、負傷7、道路損壊5、山くずれ5、家屋半壊1。 【石川県災異誌】
18 1983年5月26日 秋田県沖
(日本海中部地震)
7.7 石川県で、負傷者3名、建物損壊・浸水9戸、漁船被害67隻。 【気象庁技術報告 第106号 1984年】 津波の概要は後述
19 1993年2月7日 能登半島沖 6.6 石川県で、重傷1名・軽傷28名、建物全壊1棟・半壊1棟・一部破損20棟、道路破損17箇所、山・崖崩れ1箇所、トンネル落盤1箇所。 【験震時報第58巻】
20 2000年6月7日 石川県西方沖 6.2 石川県で、負傷者2人、窓ガラス破損等。 【平成12年6月地震・火山月報(防災編)】
21 2007年3月25日 能登半島沖
(平成19年(2007年)能登半島地震)
6.9 石川県で、死者1人、重傷88人、軽傷250人、住家全壊686棟、半壊1740棟、一部損壊26956棟など。 【輪島測候所114年】

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1799年の加賀の地震(金沢地震)

石川県で発生した被害地震といえば、平成19年(2007年)の能登半島地震が記憶に新しいところですが、 過去には金沢市を中心に著しい被害となった1799年の加賀の地震(金沢地震ともよばれます)があります (第1図及び第1表のNo.4)。 新編 日本被害地震総覧[増補改訂版]では以下のように記述されています。

発生日時1799年6月29日(寛政11年5月26日)申刻過ぎ(午後4時過ぎ)
概要 金沢で被害最大。 上下動が激しかったらしく、屋根石が1尺(30cm)とび上がったり、石灯籠の竿石が6尺(1.8m)とび上がったり、田の水が板のようになって3~4尺(約1m)上がったなどという記事が見える。 地割れがところどころにできた。 野田山・卯辰山は被害多く、寺町筋は被害少ないなど、地域の差があった様子。
金沢城の被害石垣の孕み22ヵ所、崩れ6ヵ所
城下町の被害潰家26、損家4169、土蔵損潰992(内3は潰)
城下町周辺の被害
  • 能美・石川・河北郡では損家1003、潰家964、土蔵損7、土蔵潰1、死者は全体で21人。
  • 河北潟の砂丘が崩れた。
  • 粟崎筋で砂地が八角に割れ、水を噴出したという。
  • 宮坂で家11軒のうち9軒潰る。
  • 宮腰で皆潰28、半潰61、大損325(安政5年、1496軒、人口5008人)。
  • 粟崎皆潰3、半潰土蔵16。
その他
  • 激震は煙草を3服吸う間続いたという。
  • 強く感じたのは松任と石動・津幡・竹橋の間、大聖寺では軽く、小被害、地割れを生ず。
  • 能登も高松以北は軽かった。
  • 小松では城損じた。

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2.石川県に津波をもたらした地震

第2図は、1700年から2015年までに発生したM6.0以上の地震の震央分布図です。 このうち、石川県に津波をもたらした地震は黄色の丸で、石川県付近で発生したものと日本海東縁部(新潟県沖を起点として東北、北海道、サハリンの海岸線に平行に走る細長い海域:概ね図中の緑線内)で発生したものに分けられます。 日本海東縁部で発生した地震のように、震源が遠い地震でも大きな被害をもたらすことがあります。

石川県に津波をもたらした地震分布図

第2図 1700年から2015年までに発生したM6.0以上の地震の震央分布図
(黄色の丸は石川県に津波をもたらした地震。緑線内は日本海東縁部を示す。 「地域(名称)」「発生年月日」「震源の深さ」「規模」は、1922年以前は新編 日本被害地震総覧[増補改訂版]、1923年以降は気象庁震度データベースによる。 なお、1997年9月以前の震源の深さは精度が低いため記載していない。)

石川県で特に被害が大きかった津波は、1833年の羽前・羽後・越後・佐渡の地震(第2図の※1)による津波や1983年の秋田県沖の地震(日本海中部地震)(第2図の※2)による津波です。 以下に詳細を示します。

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(1)1833年(天保4年)12月7日の羽前・羽後・越後・佐渡の地震  M=7 1/2± 1/4  津波高=5.7m

日本被害津波総覧によれば、「輪島では地震後10町ばかり潮が引いたが、第1波で床上浸水し、第3波で最大となり、家屋流出および半潰365、溺死47」と記述されています。 また、加賀・能登海難史年表では、「昼7ツ頃(15時頃)大いなる地震ありて、7ツ時過磯端波引事凡そ10町許輪島沖に大蛇石という岩あり。 舟方通い路に障る所、此の岩を知って舟を廻らすこと第一とする由、波引去と彼岩大蛇の如く現れ、跡黒く見えあり云々。 家300軒引取られ、人100余人死亡す。」と記述されており、甚大な被害であったことがうかがえます。 津波の浸水深(地面から測った高さ)は輪島市で5.7m程度と推定(出典:「平成23年度石川県津波浸水調査報告書」、「続 古地震」)され、県内に来襲した津波としては有史以来最大です。

(2)1983年(昭和58年)5月26日の秋田県沖の地震(日本海中部地震) M=7.7 津波高=舳倉島で4m近く

この地震では秋田県、青森県、北海道の日本海側を中心に津波による大きな被害が発生しました。 死者104名のうち100名が津波によるものでした。 また、朝鮮半島やソ連でも津波による被害が発生しました。 石川県にも津波が押し寄せました。 観測記録では津波の最大の高さは七尾港24cm、輪島36cmでしたが、電話による聞き取り調査では舳倉島で4m近い津波が観測されました。 また、現地調査では奥能登の海岸と外浦海岸(西側)では3mに達した所もありました。 石川県での被害は津波によるもので、負傷者3人、建物損壊と浸水9戸、漁船被害67隻(1983年5月27日現在、県消防防災課調べ)でした。 (出典:気象庁技術報告第106号 1984年)

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