水戸地方気象台

茨城県付近の地震活動と津波

 茨城県では毎年震度1以上の地震が多数観測されます。国内の大半の観測点では、震度1以上の地震は毎年、数回から20回程度ですが、水戸地方気象台では毎年70回前後の地震が観測されています。
 1897年以降に水戸地方気象台で観測された年毎の地震回数は、関東地震のあった1923年(大正12年)に416回で、この年の前後10数年は活発な地震活動があった様子がうかがえます。2011年(平成23年)の東北地方太平洋沖地震では、年間の地震回数1197回が記録され、関東地震の約3倍となっています。【図1】
 なお、1992年3月に計測震度計が導入され、それまで有人で行われていた震度の観測が自動化されました。

水戸地方気象台の年別震度1以上の地震回数グラフ
【図1】水戸地方気象台の年別震度1以上の地震回数グラフ
1897(明治30)年〜2011(平成23)年

 茨城県付近の地質構造は、茨城県沖の日本海溝から太平洋プレートが、日本列島をのせている陸のプレートの下に沈み、さらに、茨城県の南部ではフィリピン海プレートが相模トラフから上に述べた2つのプレートの間に割り込む形で沈み込んでおり、複雑な構造になっています【図2】
  これらのプレートの運動により、プレートの境界や内部に蓄積した歪みエネルギーが解放される時に、地震が発生します。特に鹿島灘や茨城県沖、茨城県南部には地震活動の活発な地域があります。

茨城県付近のプレート
【図2】茨城県付近のプレート

 茨城県周辺で1970(昭和45)年〜2011(平成23)年に発生したM(マグニチュード)4.0以上の地震の分布は、鹿島灘と茨城県沖及び茨城県南部と北部に集中域があります。【図3】
 記録上、茨城県で過去に最も大きな地震被害をもたらしたものは、1923年(大正12年) 9月 1日に相模トラフ沿いに発生した関東地震(この地震に伴う災害は「関東大震災」と呼ばれ、 茨城県でも死者 5名、建物の全壊517棟の被害)でしたが、2011年(平成23年)3月11日に三陸沖の太平洋沖プレートと陸のプレート境界で発生した東北地方太平洋沖地震(M9.0)では、 余震も含め地震と津波により、死者24名、行方不明1名、負傷者709名、火災31件、家屋の全壊・半壊・一部損壊、床上床下浸水等20万棟を超え、東日本大震災と呼ばれ、 記録上最も大きな地震津波被害となりました(平成24年3月13日12時00分消防庁災害対策本部資料より)。
 県内を震源とする地震では、1895年(明治28年) 1月18日に霞ヶ浦付近で発生したM7.2の地震で死者 4名、全壊家屋53棟等の被害が記録されています。 この他にも多くの地震がありましたが、大きな被害に至ったものはありませんでした。

過去42年間に発生したM(マグニチュード)4.0以上の地震の分布
【図3】1970(昭和45)年〜2011(平成23)年に発生したM(マグニチュード)4.0以上の地震の分布

 なお、陸域の浅いところで活断層による地震が発生すると、M7.0前後でも非常に大きな被害がもたらされますが、茨城県内ではこうした活断層はこれまでのところ発見されていません。
 また、過去、繰り返し被害をもたらしてきた地震として、相模トラフに沿って発生する地震(例:関東地震)や東海地震、南関東直下型地震があります。東海地震や南関東地震が発生すると、茨城県南部にも大きな被害をもたらす可能性があるため、地震に対する備えは必要です。
 津波について、明治以降では、2011年(平成23年)3月11日に東北地方太平洋沖地震で発生した津波により、死者5名、住家の床上床下浸水2,429棟等の大きな被害が発生しています(平成24年3月13日12時00分消防庁災害対策本部資料より)。 1960年(昭和35年)5月22日に来襲した「チリ地震津波」で多額の漁業施設等への被害が発生しているほか、1938年(昭和13年)に福島県沖で発生した地震による津波で若干の被害が発生しています。 更に歴史を遡ると、1677年(延宝5年)11月4日に千葉県東方沖で発生した地震に伴う津波で当時の「水戸領内」で36名の溺死、潰家189、船舶被害353等の記録があります。 津波から如何にして避難するか等、常日頃から津波に対する備えや心構えが必要です。

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