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愛知県内に被害をもたらした地震の記録

濃尾地震 東南海地震 三河地震 南海地震
注1 資料は「新編 日本被害地震総覧」による。
注2 震源地(震央地名)は、現在、地震情報等で用いているものに統一した。


濃 尾 地 震
発生年月日 明治24年(1891年)10月28日6時38分
震 源 地 岐阜県美濃中西部(北緯35.6度 東経136.6度)
地震の規模
(マグニチュード)
M 8.0
(注:MはMagnitude[マグニチュード]の略です。)
地震の概要  仙台以北を除き、日本中で揺れを感じた。濃尾平野・美濃北西部から越前平野にかけ最も激しく、東海・北陸地方・近畿地方、特に美濃西部から尾張北西部にかけては記録的な大被害を被った。
被害の概要 死     者   7,273名(うち愛知県  2,339名)
負  傷  者  17,175名(  同     4,594名)
住 宅 全 半 壊 222,501戸(  同   114,627戸)

東 南 海 地 震
発生年月日 昭和19年(1944年)12月7日13時35分
震 源 地 紀伊半島沖(北緯33.8度 東経136.6度)
地震の規模
(マグニチュード)
M 7.9
(注:MはMagnitude[マグニチュード]の略です。)
地震の概要  九州から関東地方、東北・北海道の一部で揺れを感じ、紀伊半島東部・伊勢湾周辺・熊野灘沿岸で特に揺れが激しかった。静岡・愛知・三重の各県で被害が大きく、岐阜・奈良・滋賀の各県でも被害があった。
被害の概要  被害の詳細は戦争中で不明だが、判明分の概要は以下のとおり。しかし、未判明分が多く、特に名古屋重工業地帯の被害は極めて大きく、軍需生産力ひいては戦力にも大きく影響したと言われている。
死     者     998名
負  傷  者   3,059名
住 宅 全 半 壊  73,080戸

三 河 地 震
発生年月日 昭和20年(1945年)1月13日3時38分
震 源 地 三河湾(北緯34.7度 東経137.O度)
地震の規模
(マグニチュード)
M 6.8
(注:MはMagnitude[マグニチュード]の略です。)
地震の概要  関東から中国、四国地方まで揺れを感じ、規模の割に大きな被害となった。愛知県下の矢作川下流域に位置する幡豆・碧海郡を中心に大被害が集中した。
被害の概要 死     者   1,961名
負  傷  者     896名
住 宅 全 半 壊  17,245戸

南 海 地 震
発生年月日 昭和21年(1946年〉12月21日4時19分
震 源 地 紀伊半島沖(北緯33.0度 東経135.6度)
地震の規模
(マグニチュード)
M 8.0
(注:MはMagnitude[マグニチュード]の略です。)
地震の概要  東北地方南部から九州にかけ、揺れを感じるほどの極めて大規模な地震で、広範囲にわたり甚大な被害を生じた。特に、高知・和歌山・徳島の各県で被害が大きく、九州から中部地方の諸県に被害を及ぼした。
被害の概要 死者・行方不明  1,443名(うち愛知県 10名)
住 家 全 半 壊 28,274戸( 同   197戸)
家 屋 流 出  1,451戸( 同     1戸)
家 屋 焼 失  2,598戸( 同     なし)


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