稚内地方気象台の歴史

創設の経緯


 明治維新の頃、地理局長桜井勉が関係者とともに気象事業の拡張を図り、各県令に気象観測施設を勧告したのが始まりで、その後北海道の開拓の目的をもって1876年(明治9年)札幌を始めとし留萌、根室等に測候所を設置した。
 稚内測候所の前身宗谷測候所も1885年(明治18年)11月創立し、1889年(明治22年)6月官制上は廃止となっているが、これより先1888年(明治21年)宗谷郡役所が稚内に移転していたので、その構内に宗谷気候観測所を設立して郡役所の観業課が之を担当し、気温、雨量等を観測、同時に市内には高さ1丈8尺(約5.4m)の暴風雨標柱を建て、札幌からの略号電報を受けて暴風雨警報の周知をし、沿岸漁業の安全操業に貢献したが、1931年(昭和6年)から始まった凶冷に刺激されて沿岸薄漁が続き隨って大型船による沖合漁業に移行しつつあって、特に底曳漁業が発展沿海州魚田へと進出せざるを得ず、従って海難防止の目的から稚内測候所設置について、当時町長島倉民雄並びに町議員等一丸となって石黒北海道長官を経て岡田中央気象台長に請願陳情に及んだのである。
 当時は室戸台風のあった後でもあり国に於いても気象事業の強化の機運にあったので、稚内測候所建設も 1937年(昭和12年)12月1日道庁告示(北海道庁告示第1448号)をもって、開運通り北5丁目築港埋立地(仮庁舎 旧築港事務所)に設置され事務開始となった。


年表


年月日 記        事
1937年12月 1日
(昭和12年)
 仮庁舎(旧築港事務所)で事務を開始
 (住所:宗谷郡稚内町開運通り北5丁目)
1938年 1月 1日
(昭和13年)
 気象観測を開始
1939年 1月11日
(昭和14年)
 国営に移管(文部省所属)
 中央気象台稚内測候所と改称
1939年 1月24日
(昭和14年)
 庁舎建設・移転・観測機器等移設
 (住所:宗谷郡稚内町開運通り北5丁目埋立地)
1941年11月12日
(昭和16年)
 測風気球による上層気流の観測を開始
1943年11月 1日
(昭和18年)
 運輸通信省に移管
1945年 5月19日
(昭和20年)
 運輸省に移管
1945年12月15日
(昭和20年)
 ラジオゾンデによる高層気象観測を開始
1957年 9月 1日
(昭和32年)
 地方気象台に昇格、稚内地方気象台となる
1968年 6月 1日
(昭和43年)
 稚内港湾合同庁舎に移転する
 (住所:稚内市開運町2337番地)
2001年 1月 6日
(平成13年)
 国土交通省に移管


古い庁舎の写真
旧庁舎(撮影年月日不明)

現在の庁舎の写真
現在の庁舎(撮影:2008年2月27日)

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稚内地方気象台
〒097-0023 稚内市開運2丁目2番1号 稚内港湾合同庁舎