昭和57年7月豪雨(長崎大水害)

災害の特徴

災害の特徴としては、7月中旬に降った大雨で土壌水分は各地とも飽和状態であったことが考えられる(下図参照)。このあと7月23日の長崎市周辺を中心とした、短時間で記録的な豪雨となったため、河川のはん濫はもとより、無数の山(がけ)崩れが起こり、昭和32(1957)年7月の諫早水害以来の災害となった。

①長崎県の死者・行方不明者の80%以上が山(がけ)崩れによるものであった。
②災害の範囲は九州各県に及んだ。
③長崎市周辺の災害は、豪雨と災害発生の間の時間が短く、避難する余裕がほとんどなかった。
④長崎豪雨は過密都市における新しい形の災害の様相を示し、災害時において都市機能を完全に失ってしまうなどについての防災面から多くの問題が提起された。


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