河内大和地震(1936年)特集ページ
作成:2026年3月16日
1936年(昭和11年)2月21日、奈良県を震源とするマグニチュード(M)6.4の地震(河内大和地震)が発生し、奈良県に被害をもたらしました。
奈良県内や奈良県周辺では、この河内大和地震以外にも過去に大きな地震が何度も発生しており、地震動による被害が発生しています。
過去の災害から学び、地震・津波に備えていただき、日頃の災害対策や見直しにご活用ください。
また掲載画像をご利用の際には「気象庁提供」のクレジットの記載をお願いいたします。
河内大和地震の概要
| 発生日時 | 1936年2月21日 10時07分 |
| 震央 | 北緯34度31.3分 東経135度41.6分 |
| 深さ | 18km |
| 地震の規模(M) | 6.4 |
| 最大震度 | 5(注:当時の震度階級) |
震源は気象庁地震カタログによる
注:震度階級に震度7が導入されたのは1949年からです。震度5と6に強と弱が設けられ、震度階級が10段階になったのは1996年以降です。
河内大和地震の震度
奈良県の八木町(現在の橿原市)、京都府、大阪府で震度5を観測し、その他、関東地方から四国地方にかけて震度4~1を観測しました。
各地域の震度(震度4以上)
| 奈良県 | 震度5 |
| 大阪府北部 | 震度5 |
| 京都府南部 | 震度5 |
| 和歌山県北部 | 震度4 |
| 滋賀県北部 | 震度4 |
| 福井県嶺南 | 震度4 |
| 三重県中部 | 震度4 |
注:当時、震度は気象台・測候所で観測されていました。
河内大和地震後の活動状況(1936年)
河内大和地震の発生後、地震活動が一時的に活発となりましたが、時間の経過とともに次第に減衰しました。
震央分布図(M≧0.5)
左図内の規模別地震活動経過図
深さ20km以上の地震をピンクにして区別しています。
震央分布図中の紫色の線は地震調査研究推進本部の長期評価による活断層を示しています。
河内大和地震の被害写真集
河内大和地震の被害写真を掲載しています。これらの写真は「河内大和強震調査報告」奈良県八木測候所※1、「河内大和強震報告」中央気象台※2に掲載された写真から抜粋しました。中には海洋気象台※3によって撮影された写真もあります。

安堵村(現安堵町)笠目、神社の塀損傷

葛城川堤防の亀裂

当麻村(現葛城市)今在家、神社の塀損傷
これ以外の写真もこちらに多数掲載しています。被害状況の写真一覧
下に掲載した地図は写真のおおまかな撮影場所です。地図の青色部分または地名をクリックで撮影した写真に飛びます。

(国土地理院の地図を加工して作成)
※1 八木測候所
1887年1月、奈良県橿原市に設立された測候所。1953年3月まで橿原市で観測を行いましたが同年4月、奈良市へ移転して奈良測候所となり、1957年から地方気象台に昇格しています。
※2 中央気象台
1875年に東京気象台として発足、1887年から中央気象台と改称、1956年に気象庁となりました。
※3 海洋気象台
現在の神戸地方気象台。1920年に国内初の海洋気象台として神戸測候所の敷地内に設立され、函館海洋気象台の発足に伴って1942年に神戸海洋気象台に改称されました。
河内大和地震時の地震計記象
地震発生時の八木測候所の様子について「河内大和強震調査報告」(八木測候所)に次のような記載があります。
「八木測候所では、この地震で南に面した窓ガラスが一枚壊れ、壁面のところどころに亀裂が生じた。また応接室のドアの板が一枚はがれ、所内の振子時計がすべて停止した。測候所の地震計は揺れの大きさを30倍にして記録する「大森式簡単微動計」であったが、今回の地震は、震源が近い上に規模が大きかったため、東西の揺れを記録する地震計のペンがひとたまりもなく振り切れ、記録紙の外へ飛び出してしまった。また地震計が震度計台に固定されていなかったため地震計が移動し、これに気付いた測候所職員は急いで地震計をもとに戻したがこのようなありさまであったため、測候所では地震の最大振幅を測ることができなかった。今回、測候所で地震の最大振幅を観測できなかったことはとても残念である。もしも測候所に強震計※があったら地震の揺れを十分に記録できたであろうと思われ、今となっては遅すぎることであるが、大地震の揺れを記録するために強震計が必要であることを身に染みて強く感じた。」
【河内大和強震調査報告の原文】本所内に於ては南面の硝子窓一枚破壊し所々に壁の亀裂を生じ応接室のドアーの板が一枚剥され振子時計は全部停止した、地震計は倍率卅倍の大森式簡単微動計であるが本地震の如く震源が近い上に強震のため東西動の描針は一たまりもなく記録紙外に飛び出し其の上地震計が台石に固定してないので移動するなど是等を手早く直すのに苦労した、斯様の状態であるから遂に最大振幅を測ることができなかったのは遺憾千万である、若し強震計が有ったら充分の観測が出来たものをと思い今更ながら強震計の必要を痛切に感じた。【ここまで】
「河内大和強震報告」(中央気象台)に掲載されている高知、東京、輪島、洲本の地震計記象を掲載します。写真をクリックすると拡大します。
※強震計
気象庁では、大地震でも振り切れない地震計として強震計(機械式1倍強震計)を用いて地震観測を行い、津波の予測や地震のマグニチュードを求めるために用いてきました。
この地震計は強い地震動では振り切れるため、1988年からデジタル収録式の電磁式強震計を用いた観測を開始しました。
河内大和地震の被害
河内大和地震は奈良県を震源とする陸域の浅い地震で、八木測候所で震度5を観測しました。 この地震は、奈良盆地を中心に主に建物への被害をもたらしました。
奈良県内警察署による被害調査結果| 死者 | 負傷者 | 家屋倒壊 | 家屋損傷 | 建物倒壊 | 建物損傷 | 道路亀裂 | 灯篭石碑墓石倒壊 | 学校・公営舎の損傷 | 説明 | |
| 八木警察署(橿原市) | 1 | 727 | 13 | 70 | 10 | 177 | 6 | |||
| 桜井警察署(桜井市) | 2 | 4 | 1 | 56 | ||||||
| 奈良警察署(奈良市) | 26 | 7 | 47 | 9 | 87 | 4 | ||||
| 松山警察署(宇陀市) | 神戸村の県営溜池の堤防セメントが約50間にわたって剥離した程度で他に被害はない | |||||||||
| 御所警察署(御所市) | 125 | 1 | 21 | 8 | 135 | 2 | 葛城川堤防に亀裂 | |||
| 郡山警察署(大和郡山市) | 9 | 1 | 27 | 3 | 7 | |||||
| 竜田警察署(斑鳩町) | 1 | 261 | 2 | 123 | 12 | 333 | 3 | 王寺町藤井で井戸水位の減少2あり 安堵村笠目の御幸橋の両端で道路が約7寸低下して食い違った 竜田警察署庁舎が東南方向に約2度傾斜した | ||
| 田原本警察署(田原本町) | 5 | 12 | 4 | 31 | 23 | 3 | 負傷者5は、平野村小学校の生徒が避難の際に瓦の破片で擦過傷を負ったもの | |||
| 榛原警察署(宇陀市) | 1 | 1 | 2 | |||||||
| 高田警察署(大和高田市) | 1 | 1 | 23 | 10 | 38 | 25 | 56 | |||
| 生駒警察署(生駒市) | 1 | 10 | 40 | 墓石の倒壊は南生駒村の被害 | ||||||
| 丹波市警察署(天理市) | 若干 | 数個 | 丹波市町および二階堂村の被害 | |||||||
| 五條警察署(五條市) | 1 | 宇智村の道路で幅1cm長さ10mの亀裂1あり | ||||||||
| 十津川警察署(十津川村) | 被害なし | |||||||||
| 上市警察署(吉野町) | 被害なし | |||||||||
| 下市警察署(下市町) | 被害なし | |||||||||
| 柳生警察署(奈良市) | 被害なし | |||||||||
| 都介野警察署(奈良市) | 被害なし |
掲載データは「奈良県気象災害史」青木 滋一による。
リンク
河内大和地震以外にも、気象台では過去の大きな地震の特集を関係する気象台ホームページに掲載しています。
過去の災害から学び、地震・津波に備えていただき、日頃の災害対策や見直しにご活用ください。
「阪神・淡路大震災」
「日本海側の地震」
- 鳥取地震(1943年)特集ページ(鳥取地方気象台)
- 福井地震(福井地方気象台)
- 昭和58年(1983年)日本海中部地震(秋田地方気象台)
- 平成5年(1993年)北海道南西沖地震(札幌管区気象台)
- 福岡県西方沖の地震から20年 特設サイト(福岡管区気象台)
気象庁ホームページでは地震や津波から身を守るためにどうしたらいいかを解説しています。これらのサイトをご覧いただき、地震への備えを改めて確認してください。








