2週間先の気温予測値を用いて沿岸の水温を予測してみませんか?

 水温の実況と2週間先の気温予測を用いて2週間先の水温を予測する手法を、宮城県水産技術総合センター気仙沼水産試験場と仙台管区気象台が共同で開発しました。

 湾内など海流の影響を受けにくい場所では、季節によって気温と海面付近の水温に明瞭な関連を見いだすことができます。そこで、過去に観測された水温と近隣の気温との間に関連があると確認できた場合には、気温の予測値を用いて海面付近の水温を予測することができます。予測に用いる関係式は、過去に観測された水温および気温(あるいは気温予測値)から導きます。

 この水温予測の方法を以下の1~6で説明します。

 なお、この予測式について、より詳しくお知りになりたい方は、測候時報第85号「東北地方の養殖漁業のための沿岸水温予測方法の紹介」をご覧ください。

水温予測の例

1 ワカメ養殖のための沿岸水温の予測

 三陸沿岸ではワカメの養殖が盛んで、全国で生産される養殖ワカメの約7割が、岩手県および宮城県の沿岸で生産されています。

 ワカメの養殖では秋にわかめの芽出しと幼芽をロープに挟み込む作業を行います。このときの水温や栄養塩の条件が悪いと、発芽した幼芽が脱落することがあります。そのため、水温が20℃以下になるのを目安に芽出し作業を始め、その後の水温低下と発芽の状況を見ながら幼芽の挟み込みを実施します。

 宮城県水産技術総合センター気仙沼水産試験場は、ワカメの養殖技術の指導・支援のために「ワカメ養殖通報」を発行しています。ワカメ養殖通報では、気仙沼湾(岩井崎)の過去、現在の水温を示すとともに、養殖作業の留意点が記述されています。この「ワカメ養殖通報」に、気象庁による異常天候早期警戒情報(注1)の基礎資料である大船渡の2週間先の予測値(7日間平均気温)を用いた岩井崎の水温(注2)の予測値が平成25年度(2013年度)から掲載されるようになりました(図1)。

 また、令和元年度(2019年度)からは、新たに運用を開始した2週間気温予報(注3)基礎資料である大船渡の2週間先の予測値(5日間平均気温)を用いた岩井崎の水温予測値が掲載されています。この2週間先の水温予測を参考にして、養殖業者は作業時期の見込みをたてることができるようになっています。

水温予測の例

図1 2週間先の気温予測値を利用した水温予測の例

(出典:ワカメ養殖通報 平成25年10月30日 気仙沼水産試験場発表)

注1)異常天候早期警戒情報とは、概ね2週間先にその時期としては10年に一度程度の顕著な高温や低温、大雪が予想された場合に発表する情報です(令和元年6月に2週間気温予報の運用が開始されたことで、異常天候早期警戒情報は運用を終了しています)。

注2)気仙沼水産試験場では水深1m付近の水温を表層水温と呼んでいますが、この文中では「水温」と標記します。

注3)2週間気温予報では、週間天気予報の先の2週間先まで(8日先から12日先を中心とした各日の5日間平均)について、地点ごとの最高気温、最低気温と地域ごとの日平均気温を毎日予報します。

2 水温予測の手順

A 水温を予測したい地点における過去の水温の観測データを準備する

 今回、水温予測を行う岩井崎は、宮城県の気仙沼湾の湾口に位置しています(図2)。

B 近隣の地上気象観測地点における過去の気温データをダウンロードする

 岩井崎の最寄りの地上気象観測地点(注4)は大船渡です(図2)。気象庁ホームページ「過去の気象データ・ダウンロード」から大船渡における過去の気温を取得します。水温のデータにあわせて、気温データの期間や種類(旬別値や月別値など)を選択することが可能です。


注4)地上気象観測地点とは、気象官署および特別地気象域観測所のある地点を指します(地上気象観測地点には、異常天候早期警戒情報や2週間気温予報の基礎資料である2週間先の気温予測値(7日間平均や5日間平均)のデータがあります)。東北地方の地上気象観測地点は以下の17地点です。

  • 青森県:深浦、青森、むつ、八戸
  • 岩手県:大船渡、盛岡、宮古
  • 宮城県:仙台、石巻
  • 秋田県:秋田
  • 山形県:新庄、酒田、山形
  • 福島県:若松、福島、白河、小名浜

図2 大船渡と気仙沼湾(岩井崎)の位置

(地図出典:国土地理院地図データを加工)

C 過去の水温と気温の関連を確認する

 岩井崎の水温と大船渡の気温の季節変化をみると(図3)、気温が最も高くなるのは8月頃であるのに対し、水温が最も高くなるのは9月頃です。最低値についても同様で、水温の変化は気温より1か月ほど遅れています。

 過去30年(1983~2012年)で平均した岩井崎の水温(縦軸)と大船渡の気温(横軸)を散布図で示すと、1年を通じた変化は楕円形となりますが、水温が下降する9月から12月では、水温と気温は線形に変化しています(図4)。このように、水温が気温の変化に対応して直線的に変化する期間を確認します。

図3 過去30年平均における大船渡の気温と岩井崎の水温の月ごとの変化

図4 過去30年平均における大船渡の気温と岩井崎の水温の散布図

D 予測に用いる関係式を作成する

 気仙沼水産試験場では、9~12月における岩井崎の旬平均水温の過去30年平均値と大船渡の旬平均気温の過去30年平均値で関係式を作成し(図5)、2013年はその式を予測に用いることにしました。


岩井崎水温観測値=大船渡気温予測値×0.5855+9.7479


(補足)過去における各旬の水温観測値(岩井崎)と気温観測値(大船渡)から関係式を求める方法もあります。

図6は、過去10年(2002~2011年9~12月)の旬別水温と旬別気温から関係式を導いたものです。このように、どの期間のどのようなデータを用いるかによって、水温と気温の関係式は異なります。

図5 過去30年平均における大船渡の気温と岩井崎の水温の散布図(9~12月)

近似直線とR-2乗値(決定係数)を示す

図6 2002~2011年の9~12月における各旬の大船渡の気温と岩井崎の水温から作成した散布図 近似直線とR-2乗値(決定係数)を示す

E 作成した関係式に2週間先の気温予測値を代入し、水温の予測値を求める

 気仙沼水産試験場では、過去の水温と気温データから作成した関係式に2週間先の気温予測値を代入して、2週目の水温の予測値を算出しています。

 平成30年度(2018年度)までは、気象庁ホームページで公開されていた異常天候早期警戒情報の基礎資料である2週間先の大船渡の気温予測値(7日間平均)を使用し算出していました(この気温予測値は、最も出現する可能性が高いと予測されるアンサンブル平均による値です)。図1の「ワカメ養殖通報」に表示されている2013年当時の水温の予測値についても、この気温予測値を使用しており、11月3~9日の大船渡気温予測値11.1℃を以下の予測式に代入することで、同期間の岩井崎における水温予測値を計算しています。


11月3~9日の岩井崎水温予測値=大船渡気温予測値(11.1℃)×0.5855+9.7479=16.2℃

3 予測精度を確認してみると…

 平成25年(2013年)9~12月に岩井崎で実際に観測された水温(青色)、予測された水温(緑色)、そして過去30年平均水温(灰色)をグラフに示したのが図7です。予測された水温は、9~10月を中心に、過去30年平均水温よりも実際に観測された水温に近くなっていました。

 さて、2013年に比べてかなりの高水温となった2012年で、同じ方法(気温予測値のみから予測;2013年方式)を用いて水温がどの程度予測できていたかを確認してみました(注5)。

 2002~2011年の10年間の9~12月における旬別水温(岩井崎)と旬別気温(大船渡)の関係式(図6)から導いた予測水温(青色)を、2012年9~12月に観測された水温(緑色)および過去30年平均水温(灰色)とともに示したのが図8です。

 2012年9月は平年よりも3℃以上も水温が高かったので、予測水温は平年値よりも高いものの、実際に観測された水温よりも2℃程度低くなってしまいました。


(注5)気象庁では現在の技術水準に基づく、過去30年分の2週間先の気温予測データを作成しており、これを水温予測に用いることができます。なお、過去の気温予測データは、過去の1か月予報気温ガイダンスデータ・ダウンロードから入手できます。

図7 2013年9~12月における予測水温(気温予測値のみから予測:2013年方式)、観測された水温および過去30年(1983~2012年)平均の水温

図8 図7に同じ。但し2012年9~12月における予測水温と観測された水温

4 水温予測手法の改善

 このため、平成26年(2014年)から、気仙沼水産試験場と仙台管区気象台は、2で示した水温予測の手順(A~E)の中で、D(予測に用いる関係式を作成する)について、以下の①と②の改善を行いました。


① 予測する時点までの岩井崎の水温も説明変数に加える

 海洋は大気と比べて熱容量(比熱)が大きいため、変動の幅は大気よりも小さくなっています。大気の予測値だけを用いて水温を予測すると、大気と海洋の熱容量の差に起因する誤差が生じてしまいます。そこで、大船渡の気温予測値に加えて、予測する時点までに岩井崎で観測された水温を用いて、水温を予測する方法を検討しました。

 当時、異常天候早期警戒情報の基礎資料である2週間先の大船渡の気温予測値(7日間平均)が気象庁ホームページで公開されていたので、6日先からの7日間平均の気温予測値と予測時点までの水温を利用して、6日先からの7日間平均の水温予測値を計算することにしました(図9)。

 そこで、2012年の前10年間(2002~2011年)の9~12月における観測値を使用し、大船渡の6日先からの7日間平均気温と、岩井崎の前日までの7日間平均水温を説明変数として、岩井崎の6日先からの7日間平均水温を目的変数として重回帰分析を行うことで、重回帰式(予測式)を作成しました(図10)。

図9 予測する時点までの水温実況値と気温予測値を用いた水温予測のイメージ


図10 過去の水温観測値および気温観測値から導出する重回帰式(PPM方式)のイメージ

 このようにして求めた予測水温2(オレンジ色)を図9に追加したものが図11です。水温実測値を加味して算出したこの予測水温2は、2012年において実際に観測された水温(青色)にかなり近くなり、予測の精度が向上しました。

図11 2012年9~12月における予測水温(2013年方式)、観測された水温および過去30年(1993~2012年)平均の水温および予測水温2(水温実測値を考慮した関係式から算出:PPM方式)

② 過去の2週間先の気温予測結果を使って関係式をつくる

 ここまでは、実際の気温の観測値と水温の観測値から統計的関係式を求めておき、およそ2週間先の気温予測値をこの式に代入して水温予測を行っていました。この方法をPPM(Perfect Prognosis Method)方式と呼びます。PPM方式では2週間先の気温予測が正しいことを仮定していますが、この予測値にはある程度の誤差が含まれています。

 一方、過去の気温予測値と水温の観測値の間で統計的な関係式を求める方法は、MOS(Model Output Statistics)方式と呼ばれます。MOS方式で作成した関係式には気温予測値に含まれる誤差が取り込まれているため、一般にMOS方式はPPM方式よりも予測精度が良いといわれています。

 このため、MOS方式を用いて、2002~2011年9~12月における、現在の技術水準に基づく大船渡の6日先からの7日間平均気温(予測値)と岩井崎の前日までの7日間平均水温(観測値)を説明変数として、岩井崎の6日先からの7日間平均水温(観測値)を目的変数とする重回帰式(予測式)を作成しました(図12)。

 このようにして求めた予測水温3(赤色)を図11に加えたものが図13です。予測水温2(PPM方式:オレンジ色)と予測水温3(MOS方式)にほとんど差はみられませんでした(注6)が気仙沼水産試験場では、MOS方式を採用することにしました。

(注6)水温予測値に占める実測水温の寄与が大きいために、PPM方式とMOS方式による気温予測の差が水温予測値に目に見える形で現れていないと考えられます。

 PPM方式とMOS方式についてまとめると以下のようになります。

PPM方式:観測された気温と観測された水温で関係式を求める

MOS方式:予測された気温と観測された水温で関係式を求める

 

図12 過去の水温観測値および気温予測値から導出する重回帰式(MOS方式)のイメージ


図13 2012年9~12月における予測水温(2013年方式)、観測された水温および過去30年(1983~2012年)平均の水温、予測水温2(PPM方式)および予測水温3(MOS方式)

5 気温予測値を組み入れた水温予測を運用開始

 このように5の①と②で示した改善手法を用いて、平成26年(2014年)に、気仙沼水産試験場では、2001~2013年9~12月の2週間先の気温予測値(大船渡)と水温観測値(岩井崎)を用いて以下の水温予測式を作成しました。そして、気象庁HPで公開されていた異常天候早期警戒情報の基礎資料である2週間先の気温予測値(大船渡:7日間平均)と水温観測値(岩井崎)を用いて水温予測を開始しました(図14)。



岩井崎の6日先からの7日間平均予測水温=6日先からの大船渡の7日間平均予測気温×0.239+岩井崎直近実測水温×0.634+2.606


 図15は、平成26年(2014年)9月~12月に岩井崎で実際に観測された水温(青色)、予測された水温(緑色)、および過去30年平均水温(灰色)を示しています。11月半ばを中心に気温が高く予測されたために水温も高めに予測されましたが、そのほかの時期の水温予測値は、過去30年平均水温よりも実測水温に近くなっていました。

平成26年10月3日のワカメ養殖通報の水温予測部分

図14 平成26年10月3日のワカメ養殖通報の水温予測部分(出典:ワカメ養殖通報 気仙沼水産試験場発表)


図15 2014年9~12月における予測水温(水温実測値を考慮して予測;MOS方式)、観測された水温および過去30年(1984~2013年)平均

6 異常天候早期警戒情報から2週間気温予報へ

 令和元年(2019年)6月に異常天候早期警戒情報が運用終了となり、新たに2週間気温予報の運用が開始されたため、水温予測式を2週間気温予報に合わせたものに変更しました。

 異常天候早期警戒情報では7日間平均気温が予測されていましたが、2週間気温予報では5日間平均気温が予測対象となっているため、気仙沼水産試験場と仙台管区気象台が共同で、2006~2016年の9~12月の8日先からの気温予測値(大船渡:5日間平均)と水温観測値(岩井崎:5日間平均)を用いて以下のように水温予測式を作成し直しました。


岩井崎の8日先からの5日間平均予測水温=8日先からの大船渡の5日間平均予測気温×0.217+岩井崎の5日間平均水温観測値×0.676+1.934

 2週間気温予報を用いた水温予測はイメージにすると以下のようになります(図16)。

 2週間気温予報になり、予測対象と説明変数が7日間平均から5日間平均になったことが大きな変更点です。

 気仙沼水産試験場では、令和元年9月から、この予測式を用いて水温予測を開始しました(図17)。


 この変更により最新の気温予測データの更新頻度が改善しました。異常天候早期警戒情報では、最新の気温予測データは週2回の更新でしたので、予測する日によっては、やや前の予測データを利用するしかありませんでしたが、2週間気温予報では毎日最新のデータが更新されるので、常時最新の予測データを利用することができるようになりました。

 また、気温予測データが7日間平均から5日間平均になったことで、7日間平均では現れにくい、より短い周期の気温の変動をとらえやすくなると考えられ、水温の予測でもそのような気温の変動を反映した水温の変化をとらえることが期待されます。

 2週間気温予報の基礎資料である2週間先の気温予測データや過去の気温予測データについては、確率予測資料(2週間気温予報)提供ページから入手できますのでご利用ください。


宮城県水産技術総合センター気仙沼水産試験場のページはこちら→気仙沼水産試験場

予測する時点までの水温実況値と2週間気温予報の気温予測値を用いた水温予測のイメージ

図16 予測する時点までの水温実況値と2週間気温予報の気温予測値を用いた水温予測のイメージ

令和元年10月9日のワカメ養殖通報の水温予測部分

図17 令和元年10月9日のワカメ養殖通報の水温予測部分(出典:ワカメ養殖通報 気仙沼水産試験場発表)