ある女性の手記より

当時住所:浅川村大田(現:海陽町)

あっ 地震だ

これは大きいぞ

みんなおきたか

アッ 停電だ

立つこともできない

やっと止まった

津波がくるかもしれん

提灯点けたよ

ゴオー なんの音だろう

早く服々

寒いから毛布肩にかけて

すごい音

両親からはなれるな

ソレー 津波だ

大きい子は小さい子と手をつなげ

気をつけて高い所へにげるんだぞ

東の空が明るくなった

もう大丈夫だと思うけど

こわかった

生きているのが不思議なくらいこわい事だ

余震もあることだし

子どもたちはしばらくここに居れ

一度下に行って見る皆うごくなよ

こわかったもんなー

寒くないか

寒くも何もない

下は、メチャ メチャ ドロ ドロ

田や畑に家のこわれたのがいっぱい

家具類 バラ バラ に道路や野原一面に散らばっている

食べ物が全部流れているよ

米や麦、いも、水ビタシでダメ

国道も海に面している所で低い所は海と同じになっている

道がどこやら田の畑も海も流木や家具大きな石でメチャメチャ

「これは大変だ」「どうなるかな」「とにかく1歩からだ」

栗ノ浦 道路 メチャ メチャ

伊セ田橋は残った

津波だぞにげろよう

早く早く

ワイ ワイ ガヤ ガヤ 逃げろ 逃げろ

みんな石だん登ったか

裏山にのぼれ

足元に気を付けろ

「波が来たゾ-」

ゴー ガタ ガタ ゴッン ゴッン

メキ メキ

ガッチャン

「助けて」「助けて」

橋の上を 灯をつけた舟が通るよ

あれは、漁に出ていた船だよ

1、2、3 潮流が乗って川上へ行ったりもどったり

アレ、海の方へ下るよ

また潮が来たよ

2回目がすごかったネ

これで3回目だネ

どこへ流されるのか

ウワー橋を越えた

海より1キロくらいのところ「山につきあたる」

「今度は海の方だ」「橋にブッカラなかった」「海に出た」

陸に帰るのに3~4時かかる所

大きな船で魚を釣っていたところへ、家や材木等流れて来たのでびっくりして帰った人の話

沖で漁に出て居た人が見て これは大変だと急いで帰った

「家が流れて来たぞ」「早く帰ろう」「これは大変だ」「潮の流れが早い」

近くに漁に出ていた人が津波の潮流に乗ったところ(陸地が見えている位のところ)に居た

三往復したそうです 天神山より見ました


昭和21年12月21日 土曜日午前4時頃

自宅 外軒まで

  家の中 内床上 111cm

伊セ田橋から500m位道路切断