平成5年8月豪雨

 今年は、鹿児島県に甚大な被害をもたらした平成5年8月豪雨(8.1豪雨と8.6豪雨)から30年の節目の年にあたります。
 過去の災害から学び、大雨等への備えに活用いただくために、鹿児島地方気象台のホームページ内に「あれから30年」特設サイトを開設し、当時の概況や大雨、災害の特徴等を紹介しています。

概況

 平成5年(1993年)の九州の梅雨入りは、九州南部5月17日(平年6月2日(※))、九州北部地方5月29日(平年6月8日(※)) と平年に比べてかなり早く、梅雨入り後の梅雨前線の活動は活発であった。特に九州南部では梅雨前線の活動が活発であったほか、台風第5号の上陸、第6号の接近もあって、5月下旬から7月下旬にかけての総降水量は平年よりかなり多かった。

 このような気象状況後の7月31日から8月7日にかけては梅雨前線の活動が九州南部で非常に活発となり、この8日間の大雨の総降水量は宮崎県えびので1,258mm、鹿児島県溝辺で871mm、熊本県白髪岳で674mmを記録するなど、九州南部の多くの所で500mm以上となった。このため、鹿児島県を中心に土砂崩れや河川の氾濫などの甚大な災害が発生し、死者・行方不明者は鹿児島県72人、山口県5人、宮崎県2人と多数にのぼった。

 甚大な災害が発生したこの大雨を気象庁は「平成5年8月豪雨」と命名した。気象に関する顕著異常現象についての命名としては長崎県で多数の死傷者が発生した「昭和58年7月豪雨」以来である。

 「平成5年8月豪雨」の大雨は降雨の経過、梅雨前線の活動状況から前半の7月31日から8月2日にかけての大雨と、後半の8月5日から7日にかけての大雨に分けられる。気象庁技術報告「平成5年(1993年) 8月豪雨調査報告」ではこれらの大雨について、前半の7月31日から8月2日にかけての大雨は、太平洋高気圧の縁辺部をまわる高温・多湿な気流と、九州の中部から北部に滞留した相対的に低温で乾燥した気流との間で前線が形成・強化され発生した。後半の8月5日から7日にかけての大雨は、九州南部に停滞した前線上の甑島北東海上で発生したメソスケールの低気圧が東南東にゆっくりと進み、これに太平洋高気圧の縁辺部をまわる高温・多湿の空気が合流することにより発生したと解析している。(「福岡管区気象台要報第50号」より)

 (※)当時の平年値、現在の梅雨入りの平年値は九州南部5月30日ごろ、九州北部地方6月4日ごろ

平成5年5月から9月の状況

大雨の特徴

【8.1豪雨】7月31日から8月2日にかけての大雨

 大雨は太平洋高気圧の縁辺部をまわる高温・多湿な気流と、朝鮮半島から日本海にかけての高気圧から吹き出す相対的に低温で乾燥した気流との間で前線が形成・強化されて発生している。太平洋高気圧の縁辺部をまわる下層の南西流は九州南部に流入して成層の不安定を強め、この不安定を解消する過程で大雨が発生したと考えられる。

 降雨系が次々にほぼ同一の地域に進入し、さらに地形の影響で強められたことにより大雨になった。(「気象庁技術報告」より)

8.1豪雨の状況

【8.6豪雨】8月5日から7日にかけての大雨

 8月5日から7日にかけての鹿児島地方(※)での大雨は九州南部に停滞した前線上の甑島北東海上で発生したメソスケールの低気圧が主要な役割を果たして発生している。すなわち、低気圧の循環に対応して形成された降雨域と、太平洋高気圧の縁辺部をまわる気流の収束によって形成された降雨域とが交わる地域となった鹿児島市周辺を中心に大雨となっている。(「気象庁技術報告」より)

 (※)鹿児島地方:現在の薩摩地方と大隅地方

8.6豪雨の状況

線状降水帯の発生状況

 気象庁では、令和3年6月から、線状降水帯が発生し大雨による災害発生の危険度が急激に高まっていることをいち早く知らせする「顕著な大雨に関する気象情報」を発表している。さらに、令和4年6月から線状降水帯による大雨の可能性がある程度高いことが予想された場合に、半日程度前から(気象情報において「線状降水帯」というキーワードを使って)呼びかけを開始した。

 鹿児島地方気象台では、気象研究所 廣川主任研究官の協力のもと、平成5年8.1豪雨と8.6豪雨の事例について、線状降水帯が発生していたか解析を行った。


 なお線状降水帯の抽出は,Hirockawa et al. (2020a, b) による.

  • Hirockawa, Y., T. Kato, H. Tsuguti, and N. Seino, 2020a: Identification and classification of heavy rainfall areas and their characteristic features in Japan. J. Meteor. Soc. Japan, 98, 835-857. https://doi.org/10.2151/jmsj.2020-043
  • Hirockawa, Y., T. Kato, K. Araki, and W. Mashiko, 2020: Characteristics of an extreme rainfall event in Kyushu district, southwestern Japan in early July 2020. SOLA, 16, 265-270. https://doi.org/10.2151/sola.2020-044

⇒解析結果

線状降水帯とは

災害の特徴

 災害発生前までの先行降雨がかなり多く、地盤はかなり緩んでいたと推察される。鹿児島県はシラスと呼ばれる堆積層におおわれ、水を含むと山・崖崩れの起きやすい地質である。この大雨による災害の発生には、先行降雨と鹿児島地方の地質が大きく影響していたと考えられる。

 先行降雨の経過は次のとおりである。6月中旬から以降は梅雨前線が九州南部に停滞する日が多くなり、ほぼ連日のように大雨が降った。鹿児島では5月17日から7月30日までの積算降水量は1,705.0mmに達し、5月中旬から7月下旬までの積算降水量は平年(※1)の195%に達した。また,被災地付近の16か所のアメダス観測所(出水、川内、紫尾山、宮之城、矢止岳、溝辺、東市来、入来峠、牧之原、権現ヶ尾、輝北、大隅、吉ヶ別府、志布志、鹿屋、高山)(※2)でも同期間の積算降水量の平均は1,952mmであった。

 この期間の終わりの7月27日には台風第5号が九州南部に上陸し、29日には第6号が九州北部地方に上陸したため、7月27日から30日までの降水量だけでも県内の多い所では200mmを超えた。7月31日は九州南部が高気圧の縁辺部になったため大気の状態が不安定となり日降水量は鹿児島地方の多い所で200mmを超え、7月の月降水量は九州南部では平年(※1)の300%以上になっていた。災害発生前までの先行降雨がかなり多く、地盤はかなり緩んでいたと推察される。鹿児島県の地質の基盤は阿多・姶良火山以前の火山活動による四万十層群といわれる中世層である。鹿児島県は鹿児島湾北部周辺を中心にシラスと呼ばれる軽石質の大規模火砕流堆積層で構成される。この堆積層は高さが数10~200mに達し台地となっている。火砕流堆積物のなかで最も広く大量に分布しているのは約22,000年前に姶良カルデラから噴出した入戸火砕流である。シラスは火砕流堆積物の非溶結の部分であり、降水により容易に侵食される。このため、このシラスで形成される台地周縁部の急な斜面は豪雨や地震により滑落崩壊を起し、 山・崖崩れが発生しやすい場所である。(「福岡管区気象台要報第50号」より)

 (※1)当時の平年値、(※2)当時の観測所名

被害状況

【8.1豪雨】

区分 人的被害 住家被害
死者(人) 行方不明者(人) 負傷者(人) 全壊(棟) 半壊(棟) 一部損壊(棟) 床上浸水(棟) 床下浸水(棟)
鹿児島県 23 0 78 148 108 222 1,168 4,763

「平成5年災害の記録(鹿児島県発行)」より

→市町村別の被害状況

【8.6豪雨】

区分 人的被害 住家被害
死者(人) 行方不明者(人) 負傷者(人) 全壊(棟) 半壊(棟) 一部損壊(棟) 床上浸水(棟) 床下浸水(棟)
鹿児島県 48 1 64 298 193 588 9,378 2,754

「平成5年災害の記録(鹿児島県発行)」より

→市町村別の被害状況

降雨と防災気象情報の発表状況

 ここでは、防災上の重要な局面における対応や危機感について考えて頂くため、当時と現在の防災気象情報の発表状況を比較した。
防災気象情報の発表については、土壌雨量指数と解析雨量の実況と最新の基準から、土砂災害に関する基準を基に判断したシミュレーションを行った。
この他、現在では関係機関へのZoomによる気象解説や自治体へのホットライン、JETT(JMA Emergency Task Team 気象庁防災対応支援チーム)による自治体への職員派遣を行っている。

【8.1豪雨】

 平成5年当時、降り続く長雨により早めに大雨注意報と大雨警報を発表した。
当時は警報が最もレベルが高い防災気象情報であったことから、その後、ほぼ1時間毎に気象情報を発表して危機感を伝えようとした。
 令和5年の現在、観測予報技術等の進展等で防災気象情報は大きく進歩した。 注意報、警報に加え、土砂災害警戒情報、特別警報が創設された。霧島市隼人町付近を対象としたシミュレーションでは、8月1日の早朝に警報を発表し、直後に土砂災害警戒情報を発表することになる。さらに、夕方頃からさらに土壌雨量指数が高まり、シミュレーションでは遅くとも夜のはじめ頃には特別警報の発表を判断することになる。平成5年当時、隼人町ではこのタイミングで災害が発生している。このことは、特別警報の発表を待って避難を検討することは危険であることを示している。
8.1豪雨の雨量及び警戒状況

【8.6豪雨】

 8月6日の大雨は、既に土壌雨量指数が高まっている中、北薩から鹿児島市の甲突川の流域にかけて局地的、集中的に降ったことで発生した。
当時の予報官は、8月1日に続き、8月5日の夕方、雨の降り始めと同時に大雨注意報を発表、同日22時10分には大雨警報を発表した。 ここでも、以降、ほぼ毎時間、気象情報を発表して危機感を伝えようとした。しかし、当時のニュース映像では、8月1日の大雨で警報慣れした住民には危機感が伝わらなかったとの指摘もあった。
 令和5年の現在、鹿児島市竜ヶ水付近を対象としたシミュレーションによると、前日5日の夕方には、「明け方までに警報に切替える可能性が高い」と記述した大雨注意報を発表、大雨警報は8月6日の昼前に発表することになる。
さらに、午後からの激しい雨により夕方までには土砂災害警戒情報を発表する。 この時、キキクルによると(図省略)北薩では特別警報に相当する格子が複数発生するが、シミュレーションではその後大雨の継続が無く特別警報の発表を見送ると判断した。
8.6豪雨の雨量及び警戒状況

気象資料等

【8.1豪雨】

  • 天気図
  • 平成5年7月31日9時の天気図

    平成5年7月31日9時

    平成5年8月1日9時の天気図

    平成5年8月1日9時

    「気象要覧第1127号、第1128号」より

  • 気象衛星
  • 7月30日20時32分~8月2日8時2分

  • 降水量分布図
  • 7月31日~8月2日の総降水量分布図

    7月31日~8月2日の総降水量分布図
    ※アメダスによる観測結果のみを使用しています

  • 7月31日から8月2日のアメダス降水量データ(時別値)
  • 気象レーダー

  • レーダー凡例

    7月30日21時0分~8月2日11時50分

【8.6豪雨】

  • 天気図
  • 平成5年8月6日9時の天気図

    平成5年8月6日9時

    平成5年8月7日9時の天気図

    平成5年8月7日9時

    「気象要覧第1128号」より

  • 気象衛星
  • 8月5日9時32分~8月7日7時25分

  • 降水量分布図
  • 8月5日~8月6日の総降水量分布図

    8月5日~8月6日の総降水量分布図
    ※アメダスによる観測結果のみを使用しています

  • 8月5日から8月6日のアメダス降水量データ(時別値)
  • 気象レーダー

  • レーダー凡例

    8月5日21時0分~8月7日10時10分

災害をもたらした気象事例

 大雨の年間発生回数は長期的にみて増加傾向にあり、より強度の強い雨ほど増加率が大きくなっています。全国1300地点のアメダスの観測データによれば、1時間降水量80mm以上、3時間降水量150mm以上、日降水量300mm以上など強度の強い雨は、1980年頃と比較して、おおむね2倍程度に頻度が増加しています。

件名 現象の期間 概要
令和3年7月8日から10日にかけての大雨 2021/7/8-7/10  7月8日から10日にかけて、梅雨前線が朝鮮半島南岸から対馬海峡に停滞し、太平洋高気圧の周辺から前線に向かって暖かく湿った空気が流れ込んだ影響で、九州では大気の状態が非常に不安定となった。特に9日夜遅くから10日昼前にかけては鹿児島県、宮崎県、熊本県で大雨となり、鹿児島県薩摩地方、宮崎県南部山沿いを中心に記録的な大雨となった。
【令和2年7月豪雨】
令和2年7月3日から4日にかけての大雨
2020/7/3-7/4  7月3日09時中国大陸東岸で梅雨前線上に発生した低気圧が4日にかけて九州を東へ進んだ。3日から4日朝にかけて梅雨前線が九州南部から次第に九州北部付近へ北上、高気圧の周辺と低気圧に向かう暖かく湿った空気が鹿児島県の西海上で収束することにより、発生・発達した雨雲が薩摩地方や大隅地方へ断続的に流れこみ大雨となった。
平成22年10月18日から21日にかけての奄美地方の大雨 2010/10/18-10/21  10月18日から21日にかけて鹿児島県奄美地方に前線が停滞し、南シナ海にあった台風第13号の東側で湿った空気が前線付近に流れ込んだため、奄美地方は大気の状態が不安定となった。特に20日には、奄美地方の北部で雨雲が発達し、24時間降水量が多いところで700ミリを超える記録的な大雨となった。
【平成18年7月豪雨】
平成18年7月18日から7月23日にかけての大雨
2006/7/18-7/23  18日に関東南岸から朝鮮半島南部を通り黄海にのびていた梅雨前線はゆっくり南下し、22日朝には九州南部付近に達した。梅雨前線はその後再び北上し、23 日朝には九州北部付近まで北上した。この間、梅雨前線に向かって湿った空気が流れ込み地形的な影響や九州のすぐ西海上で急速に発生・発達する積乱雲の影響で薩摩地方北部を中心に記録的な大雨となった。
平成9年7月7日から7月13日にかけての大雨 1997/7/7-7/13  梅雨前線が対馬海峡から九州北部付近に停滞し活動が活発な状態が続き、鹿児島県では断続的に大雨となった。特に9日から10日にかけては、太平洋高気圧の周辺をまわる暖かく湿った南西の風と、梅雨前線に沿って吹く西よりの風が九州西海上で合流して発達した積乱雲が次々と発生し、薩摩地方の北部に流れ込んだ。

観測・予報体制の進展と防災気象情報の高度化

 平成5年8月豪雨から30年、気象台が提供する防災気象情報は、最新の観測・予報システムとともに進化してきました。現在では、より高密度、高頻度な観測と最新の数値モデルにより、詳細で高精度な予測資料を作成することができるようになりました。これらの資料に基づいて作成された防災気象情報を段階的に発表し、インターネットで広く公開されています。

 また、気象台では、これらの情報を十分ご活用頂くため、「あなたの町の予報官」として、各地域の担当職員を定め、より地域に寄り添った防災対応と防災気象情報の普及啓発活動を目指しています。

 →観測・予報体制の進展と防災気象情報の高度化の詳細

観測・予報システムと防災気象情報の進展

防災気象情報の利活用について

 近年は、地球温暖化の影響も加わり、雨の降り方が変わっており、集中豪雨や台風等による土砂災害や浸水害、河川の氾濫により、各地で甚大な被害が発生しています。

 大雨が予想されると、気象台からは段階的に防災気象情報を発表し、テレビやラジオインターネット等を使って、大雨に伴う注意・警戒を呼びかけます。大雨による災害の危険が近づいているというニュースや防災気象情報を見たり聞いたりしたら、ハザードマップで周辺の危険な場所を確認するなど、災害への備えを確認しましょう。

 大雨警報が発表されたり、強い雨が降ってきたら、気象庁HPの「雨雲の動き」「キキクル(危険度分布)」を使って、自分や家族がいる場所に危険が迫っていないか確認し、避難が必要なときには、ためらうことなく行動することが必要です。

 「自分の命、大切な家族の命を守る。」という強い意識をもって、大雨に備えてください。

防災気象情報